2009年12月29日火曜日

微分解析機

微分解析機(differential analyzer)は変数の値を軸の廻転で表す. 変数同士の和は, 差動歯車(differential gear)を使うといわれている. 英語はおなじdifferentialでも意味は違う.

差動歯車は自動車の駆動装置に使われていることでよく知られている. 息子が小学校の上級のころ, プラモデルで無線操縦のレーシングカーを作るのを見ていたら, プラスティック製の差動歯車の部品があり, それで差動歯車を組み立て, 中にグリースを詰めて密封していた. こんなところまでこだわるのかと恐れ入った.

差動歯車の構造を下のようである.

四角で表す箱状のものに, かさ歯車が3つ入っている. 左右のかさ歯車はそれぞれ外部のx軸, y軸に連結している. 図に見るように, x軸とy軸は直接にはつながってはいない. 中央下のかさ歯車は, 左右のかさ歯車に噛み合い, 軸は箱状のものに刺っている. x軸, y軸が同方向に同速度で廻転すると, 中央のかさ歯車は, 自分の軸の周りには廻転せず, 箱状のものをx, y軸の周りに, 同速度で廻転させる. 箱状のものがx, y軸の周りに廻転すると, それと一体の歯車もxやyと同様に廻る.

xの廻転を止め, yだけ廻転させると, 下のかさ歯車が廻転しながら, 箱状のもの(z軸といおう)も廻転する. しかし今度はyの半分である. z=(x+y)/2なのだ.

作動歯車の動きを滑車で表すと次の図のaのようになる. 滑車に紐をかけ, 両端をxとyだけ引くと, 滑車(下のかさ歯車に相当)は廻転せずに同じ長さだけ下がる. bはxを引かない時で, 滑車は廻転し, yの半分だけ下がる.


滑車が廻転するのは, 紐が滑らないことなので, 紐の代りに滑らない棒を使っても同じなことをcは示す. これはxとyのかさ歯車を展開したものである.

図では箱状の歯車を半分の歯の歯車に噛ませて(2倍して), x+yが出来ることを示す.

自動車のいわゆるデフは, このx+yの軸が駆動軸で, 両車輪xとyを駆動する. エンジン(ミッション)からの駆動軸は車軸と直交するので, この歯車はかさ歯車である.

ところで通常デフといわれる装置は, 最初に書いたように, ディファレンシャルである. ディジタルをデジタルというのに似た変形である.

佐々木達治郎先生の「計算機械」(1947年刊)に東大航空研で試作した微分解析機の構造が説明してあり, その中に機素の加算に遊星歯車(planetary gear)を使うと書いてあった.

遊星歯車といえば, 内装式の自転車の変速機が有名である. 昔の通信機器は, 同調ダイアルにやはり遊星歯車を使っていた. つまり背後に丸い文字版があり, 手前に黒いつまみがある. つまみを廻しても, 文字版ははるかに遅く廻り, 微妙な同調が出来るようになっていた. 文字版には副尺もついていて, 高級感を出していた.

下が遊星歯車の図解である.

中央の太陽歯車の廻りに同じ大きさの遊星歯車があり, 遊星歯車は太陽と外側の(内向きに歯を持つ)歯車に噛み合う. また遊星歯車の軸は遊星キャリヤに乗っていて, 歯車の位置が変るとキャリヤの軸も廻転する. (こういう絵を描くのは楽しい.)

これでどうして差動歯車になるか, 即座には分からないが, もう1つの絵を描いてみると納得出来る.


これは太陽歯車と, 外側の歯車を1列に延したもので, 一応遊星歯車と等価を考えられる. 太陽歯車の廻転は下の棒状の歯車(ラック)の移動, 外側のは上の歯車の移動であり, キャリヤの軸の廻転は中央の歯車の軸の左右の移動と思えばよい.

歯車の場合は, 廻転角度が重要な情報だが, ラックでは移動の歯数で考えることになる.

こういう絵をみると, 上の差動歯車と同じになり, なるほど加算機構に使えるを分かる.

差動歯車の解説を読むと, かさ歯車のものより, 遊星歯車型の方が基本のように書いてあった. われわれは車の知識があるので, かさ歯車が一般的を思い込んでいたようである.

2009年12月21日月曜日

微分解析機

機械式の微分解析機では, 変数同士の乗算は, 積分機を2台と加算でするのだと思っていた. ところが図面に乗算卓というのがあり, 積分をせずとも乗算しているらしかった.

幾何学での乗算法はよく知られている.



点Pから半直線を引き, PA=a, PB=bとなる点A, Bをその上に取る. またPから別の半直線を引き, PC=1の点Cを取る. A,B,Cを通る円Oを描き, PCの延長上で円との交点をDとするとPDの長さxがa*bになっている.

これは方冪の定理による. その説明が次の図である.



PO2-AO2を考える. 正三角形POMでPythagorasの定理を使うと
PO2=PM2+OM2
同様に
AO2=AM2+OM2
辺々相引くと
PO2-AO2=PM2-AM2=(PM-AM)*(PM+AM)=PA*PB
つまりまえの図のPA*PB=a*b=PO2-AO2
=PO2-半径2=一定

である.

しかし微分解析機でこれをやっているか疑問であった. ところである文献に微分解析機の使い方の説明があり, 乗算卓の記号が下の図のようになっていた.



元々の記号に赤や青の色はない.

微分解析機からs, t, xの3本の軸で接続されている, s*t=xと出力が出るらしい.

x軸の右にはハンドルのような絵がある. そこで考えてみて, こうなっていると推測した. t軸が廻転すると, 軸に接続されている赤色のT型の足が円の中心を軸に振れる. 一方s軸の廻転で青い棒が左右に移動する. オペレータはハンドルを廻し, 青軸上のカーソルを赤線の上に保つのである. そのハンドルの廻転がx軸で出力される.

その説明が次の図だ.



円の中心がAの点である. tもsもAから左右に計測する. tが増えるとB点は左へ移動し, ABと直角についている腕, ADも一緒に廻転する. EDの長さをxとすると, 三角形ABCと三角形ADEは相似であり, ACの長さを1とすると, 1/t=s/x 従ってx=s*t である.

そういう乗算卓を使っていたとは面白い.

2009年12月12日土曜日

微分解析機

その昔, 微分解析機という低速のアナログ計算機があった. 1階の常微分方程式を解く機械式の積分機を何台かと, 入出力テーブルを持ち, その間の情報は多くの廻転軸で伝達した.

Wikipediaによれば, 原理を発明したのは1876年, James Thomsonで, 実用機の製作は1927年, MITのVannever Bushによる.

我が国にも2, 3台はあったらしい. 神楽坂にある東京理科大学の近代科学資料館にいくと, 展示されている. 私は1950年代に, 東大生産技術研究所にあった大型機を見学したことがある.

ないよりは数段ましの計算機だが, 大阪大学にいらした, 清水辰次郎先生(1887-1992)が微分解析機の使用経験を書かれたものを読むと, これを使うのは, 結構大変であったらしい.

清水先生の話は

d2x/dt2-μ(1-x2)dx/dt+x=0

を積分機2台の微分解析機でどう解いたかというものである. この微分方程式はVan der Polの式といって, 非線形屋さんの好きなものである.

2階の式は2つの変数に分け, 1階の連立にするのが常道である.
dx/dt=y      積分機0番
dy/dt=g(x,y)    積分機1番
where g(x,y)=μ(1-x2)y-x

xの初期値を1, yのを0, μを0.1にして, この結果をxとyとの図にしたのを下に示す.


今ではPCで簡単に図が描けるが, 昔は手間がかかったので, こういうきれいな図が得られると, 額にいれた飾っていた人もいた.


さて, 阪大の微分解析機は積分機が2台あったから, これで解けそうに見えるが, 問題はμ(1-x2)y-xの計算である. 微分解析機の変数は前述のように廻転軸なので, 最後の引き算は差分ギアを使えばよいし, 最初のμの掛け算はμが定数なので, ギア比で実行できる. xの自乗やそれにyを掛けるように, 変数同士の乗算があると, 微分解析機は積の微分の式を使い, 2台の積分機を使うことになるのだが, 阪大には余っている積分機はない.

そこで聞くも涙の話になるのだが, 清水先生は, 固定したμと, ある範囲のxとyとに対して, g(x,y)をあらかじめ計算し, 表か図にした.

適当な初期値から, (例えばx=1, y=0から,) 起動するとき, それに対応するg(x,y)を積分機1番に入力する. するとx, yが計算され, 出力テーブルにプロットされる; その値を読んで1人が叫ぶと, もう1人がそれに見合うg(x,y) を入力するという, 恐ろしいことをやった. この遅れが誤差になるのは承知の上だが, 傾向をみるだけにはそうするしかなかったのであろう.

私の興味は, g(x,y)はどういうものかにあった. 微分解析機では, f(x)のような1変数の入力なら, 入力テーブルにこの関数形を描いておき, 人手でトレースするなり, 生研の機械なら, 光電管で曲線を自動追尾するなりして, 入力出来るが, gは2変数関数なので, 3次元の入力装置を作れば自動化できたかも知れない. それで関数の形が知りたかったのである.

-4≤x,y≤4について, 0.2おきにg(x,y)を描いたのが下である. もちろん3次元には表示できないので, 高さを向こうへ倒して表現してある. つまりy=4は一番上の線で, 基準が赤線であり, x=-4のとき, g(-4,4)=-2と読む. 他の3つの隅の例では, g(-4,-4)=10, g(4,4)=-10, g(4,-4)=2である.


これならなんとか立体模型をつくり, 入力装置も出来たのではないかと想像する.

この後, この図を等高線で描いてみた. 等高線のプログラムは, 天気図を描きたいという人などが, 昔から挑戦しているが, 私は始めてプログラムしてみた.

それが次の図である.


さらに, 横倒しの図と等高線図を重ねたものも示す.



積分だけでなく, こういう描画も楽になったとつくづく思う.